私信とぬえっくと腐フォビア+クィアフォビアの関連性。

実は少し前から風邪引きのゴーシュです。ゴホゴホ、ゴッホ。メールはもう少し待ってくださいねー。ていうか、前エントリも結構前から書いてたのを風邪引いてからチョコチョコ直してupしたものなんですよね。だから少し文章変かもと心配だったのだけど、どうだった?え、もともと文章力ないって?あはは、ソレを言っちゃあお代官さんも弁慶の泣き所がスネスネでございますよ。

と、それだけでは何ですので、少しゆえっくで行われたワークショップ「パッケージ化への抵抗−コミュニケーション空間におけるクィアな可能性をめぐって」の動画について触れておきます。

ここでtummygirlさんが2点目のコメントで仰っている内容ですが。確かに言われてみればクィアがweb上で叩かれるということは、比較的少ないのかもしれません。ただ、私としては、このchikiさんの指摘は驚いたんですよね。え、少ないんだ!?と。で、よくよく考えれば、「ウホ」「あっー!」などの『笑い』形式でフォビックな反応を生産されることはよく見かけますが、もしかしたら「ゲイ」「レズビアン」といった名称をずばり攻撃の対象にしている内容は比較すれば少ないのかも、と思いました。もちろんこの比較的に少なさが一体どういう意味を持つのかは慎重に考えなければなりませんが、ただ一つ腐のクィアとして思うことが一つあります。それは、ゲイと腐女子のどちらも男性同性愛を欲望しているにもかかわらず、腐女子のほうがより攻撃の対象として設定されているということです。そして、この腐女子への攻撃性が、「男性同性愛」という正に欲望の共通項へと流れ、ホモフォビアとして立ち現れる現状がままあるということ。
腐女子キモい→そもそも同性愛なんて生物として不自然→男として嫌悪する→腐女子迷惑(…ホモへのタブー視が強化される)」といった形式で、婉曲に間接的にクィアへの叩きになりやすく、しかもこれが(近年の「腐女子=オタク女性全般」という解釈が広がる中で)百合にまで叩きが発展し、同性愛というより広い共通項を通してレズビアンへの叩きにも変移し得るという特徴があるかと。
えてして腐女子叩きがゲイバッシングのかっこうの口実になる、というのはあることで、確かロジワール別館でも指摘されていたような…。今は元気がないのでここら辺で。