コラム『HONEYの蜜×蜜日記』、藤本由香里さんのやおい論争。

花恋 (カレン) 2008年 03月号 [雑誌]

花恋 (カレン) 2008年 03月号 [雑誌]

ごめんなさい、今回この雑誌に連載されているコラムについて言及したいのですが、実は立ち読みです。たぶん、記憶違いな言及はないだろうと思うのですが、一応先に謝っておきます。…でも正直1Pのために780円も使いたくないのです。。。
メンゴ!
コラムの内容を簡単に説明すると、90年代に起きた『やおい論争』についてのもので ミニコミ誌『ジョワジール』に寄せられた佐藤雅樹氏のヤオイ批判から始まったこの論争を紹介した上で、腐女子に対して「現実の人間に自分達のファンタジーを押し付けてはいけない」と啓蒙するというもの。
で、その論旨はコラムで紹介されてる通りサービス提供終了のお知らせに論拠を得てるのだと思います。以下引用。

彼の希望は多岐にわたりますが、とりあえずゲイとやおいの軋轢という点にのみ限定してみますと、ゲイというただでさえ偏見の多いマイノリティに対して、

 (1)勝手な妄想で楽しんだりしないでほしい
 (2)妄想を公にしたり広めたりしないでほしい
 (3)あろうことか妄想をゲイに押しつけたりしないでほしい

というあたりではないかと思われます。
(3)は偏見と差別という、あきらかにゲイへの実害を伴う行為なので、嫌悪されて当然ですし、してはいけない行為でございます。

この「してはいけない行為」について、藤本由香里さんは「リアルにファンタジーを押し付けてはいけない」と言うのだけど、それについて私から問題提起したい。よろちく。


藤本さんはね、まずはこう言うのです。このやおい論争における、表象暴力系の問題について「自分の好きな表現が一定の人を傷つけてしまう可能性があることを表現者は自覚し、そして自分の表現に責任を持ちつづけるしかない(ただし、気にしすぎると表現が出来なくなるのも事実だ)」と仰ってるんです。それはその通りだなと思います。そして、次には「ただ一ついえることは、生身の人間に自分のファンタジーを押し付けてはいけないということ!」と議論を展開していくんですね。
藤本さんは「たとえば『ゲイはカミングアウトしてはいけない!隠れてるからこそ美しいの!』というファンタジーは抑圧的だ」ともっともなことを言いながらこの主張を掲げてらっしゃるんですが、果たしてこの主張は如何に有効なのでしょうか?(つーか、もしかして、何らかの戦略的な意図があって書いたのかしら?)

さて、藤本さんはこの議論では「何がファンタジーで何がリアルなのか」ということをゲンミツに触れていませんが、私見では
腐女子或いはボーイズラブ=ファンタジー
ゲイ=リアル

という具合に対置しているように読めます。そして「やおいとゲイは別。」と言う…。つまり、腐というファンタジーはリアル(ゲイ)とはかけ離れた存在・形象であり 二つは隔離されなければならない、という主張です。ですがここでまず疑問。なぜ隔離できるといえるのか不明瞭だからです。
そう、普通に考えてこの二分されたものって重複するところ“も”ありますよね。BLを読んだことのある人もない人も分かるように、セクシュアリティに関せず男同士が恋をすると言うのは「リアル」な出来事ですよね?これはBL(腐女子妄想?)でもゲイの話でも変わりません。ですが、そこらへんには触れず、ただ上記のようにゲイと腐を<リアル/ファンタジー>という領域で分け隔てている。

これは要するに、非ゲイである女性の表現が、ただ女性のソレというだけで「ファンタジックで現実ではありえないもの」だとする主張です。よって、実社会とはリンクし得ない。この意味でゲイと腐女子が折り重なることはありません。しかし、そのように表現とゲイを完璧に分けることなど論理的に可能でしょうか?私はそうは思いません。


やおい論争の頃でもそうでしたが、なぜかゲイは「ファンタジー/リアル」という区分の中で断絶させられる存在のように感じます。この観念の中では、自分達の生(性)を、ただちに非BL的なものとして想起しなければならず、BLに自分たちの物語を求めることは出来ませんし、この論争の中ではBL表現“にはない”「リアルな自分」というものを過剰にアイデンティファイしなければならない(ただし、何がリアルなのかはよくわからない)。これでは、ただBL表現とゲイの生が対立するだけで溝が深まるばかりに思えます。ですが、BLに自分の生を見出しているゲイもいるでしょう。そういったゲイは、「BL=ファンタジー論」において、自分の生をどのように規定すればいいのでしょうか?「BLと近くなってしまうとゲイはファンタジーになるのか、それとも自分がおかしいのか。」、と。

それから、腐女子の妄想も、なぜかように「ファンタジー」なものとして表象されなければならないのでしょうか?
私自身、BLにはBLのデフォルメの仕方があることをしっかり認識していますから、表現の一部に現実と距離があることも承知。なのですが、ここでは腐女子の提示するセクシュアルファンタジー等を、有無を言わさずリアルと無縁の領域に押し込みます。それはある意味、女性の性を取るに足らないものとして取捨するような、しかし同時にゲットー化させるような、マッチョな論旨とも親和性があるのではないでしょうか?


藤本さんでなくサイトの文章ですが

ポルノを楽しむ男性が「個人的に楽しんでるだけ」だと弁明するのに対し、女性たちが「都合のいい女性像を作り上げて流布したり押しつけたりしないでくれ」というのと同じです。

とあるように、確かに理想を他人に押し付けるのは当人にとって迷惑でしょう。
なのですが、それを藤本さんのように「リアルなゲイ」と「ファンタジーな腐(BLとか表現者とか)」という対立図式で説明する必要はないのではないか、とも思います。「ゲイは隠れていろ」なんて失礼極まりないことを平気で言える人は、まあ腐女子に限らずいますが、そういうゲイに対して「お前らはストレートのおもちゃに過ぎない存在だ」みたいな観念は腐嗜好と言うよりはたとえばテレビのオカマキャラ等の扱い方に焦点をあわせたほうが問題の背景が見えてくるように思います。いえ、腐の表象暴力を看過したいと言う話ではありません。ゲイが人間性を尊重されずただ娯楽のために消費されるというのは、異性愛社会全体の傾向だと言いたいのです。その中にあって、ゲイに何らかの<欲望>を投射する腐女子のありかたが傾向に荷担し、なお暴力・抑圧的になるということは、ある。
ただ、私には“腐のファンタジー性”が問題であるようには思えないんですね。(そもそも異性愛社会においてはゲイは未だにどこかの見知らぬ世界に住む“異形の者”・…つまりファンタジー扱いですし。)
ファンタジーだからじゃなく、勝手に「〜〜であって欲しい!」という欲望を誰かに押し付けること自体、どこかで少なからずの暴力・抑圧を生む可能性がある。でも、だからって押し付けること全てがいけないという結論はおそらく出せません。それを言ったら、ゲイ活動家がゲイ諸氏にリブ的な主張を啓蒙してきたのだって押し付けですしw ただ、そういう押し付けがましさの暴力抑圧性を、語る側が看過しちゃいけないということは言えます。暴力を如何に減らすことが出来るのか、つまりはそういうこと。「押し付け」の持つ暴力・抑圧性にどう関わっていけるかと言う問題ではないでしょうか。

そもそも、表象というものは暴力・抑圧的にならざるを得ないものだと思います。というか、ポルノでもそうですが、あるイメージ像を嗜好することで対象が「傷つく」ということは往々にしてありうる。そこでは、やはり藤本さんの言うように「表現の暴力・抑圧性に自覚的になり責任を持つ」ということが重点になるのであり、さらに言えばそうした表象文化に対してどのように付き合っていくか、というのが問題なのだと思う。ポルノでもよく表現者にだけ問題の焦点を当て議論されますが、ポルノをどうにかする、というだけが議論の余地ではないと思います。ポルノという表象文化がある中で、表象された者した者が表現の効果に如何にパフォーマティブに関われるのかが、議題になってくるのだと私は思う。こう言う表現がダメだ、とかそういう話だけでなく、こういう表現がある中でじゃあどういう表現がありえるのか(「好ましいのか」とかも含む)、というのも大事でしょ?どうせ私らは語らずにいられない存在なんだから。


で、話を戻すけど。藤本さんは「表現の暴力性に自覚的になり責任を持ちつづける」と言いながら、「ファンタジーをリアルに押し付けるな」という“やおいとゲイは別”議論をしたと説明しましたね?その議論は、ファンタジーだと表象された者とリアルと表象された者とを、非なる属性として隔離して、対話の可能性を打ち消してしまう議論ではないでしょうか?だって、ファンタジーはリアルに関わっていけませんから。でも、そうすると表現者がいかに表現のモチーフに関わるのか、という議論の道を打ち消すことになりかねない。そんな訳で、ゾーンニングして二つを分け隔て当り障りなく「触らぬ神にたたりなし」みたいな関係性を構築していくと言うのは、ある意味「表現に自覚的になり責任を持つ」という主義と反しませんか?そうやって隔離されても、腐嗜好がアングラ化するだけで、表現と表現の可能性を両者が対話すると言う機会が失われてしまう(自覚と責任を持つには、まず表象された対象の応答がなければ成り立たない)。それは、両者にとってもあまり望ましくない未来に思えてならないのです。私は、もっとBL表現の価値に対して再批評等をしていくのがーーー表象暴力と言う意味でもクィアな文化創造という意味でもーーー望ましいと思いますが…如何でせうー?


うーん、なんかまた長くなった。またあとで書き直したりするのがどこかの学者さんみたいでグダグダで申し訳ないけども、とりあえず長文で投稿しておきます。